《雪と滑走面とワックスの関係》
スキーに関して深く知ろうとするとき、ワックスを抜きに考えることはできない。ワックスというものに取り組めば、スキーがより容易で安全であることを知るだろう。それ以上に、この問題に関わることで雪という非常に変化に富んだ現象に接し、適切なワックスを選ぶことができるようになり、スキーがさらに興味深いものとなる。
しかしそれだけではない。自分は雪質とワックスに関しての知識があるから、正しいワックシングができると考えているなら、それは考え違いである。なぜなら、スキーの滑走面の物理的性質に関する知識も、同じように重要だからである。
したがってここでは、雪質、ワックス、滑走面という三分野の相互作用を、少し詳しく分析したいと思う。スキーヤーがこの三分野をその手に握ったらスキーの性能を最大限に引き出し、より速く、正確で安全な滑りができるようになるだろう。
雪の種類
雪の結晶は、毎秒1〜2mという平均速度で地上に落ちてくる間に、お互いにぶつかったり、こすれたりして(無風のとき、ごく僅かなサラサラという音が聞こえる)、力学的な損傷を受ける。しかし、もっと決定的な雪の変化は、積もった雪が、気温の変化、陽射し、風などによって引き起こされる。雪の融解や凍結のプロセスである。規則的な形をした結晶を、短時間のうちに大小の雪粒に変えてしまうのは、第一に気温である。このような雪の変化が、いろいろな雪質を作り出す。以下に特徴的なものをあげてみよう。
新雪
新雪とは、積もって間もない雪で、もとの結晶の形がまだ見える雪を言う。
雪の結晶、あるいは雪片は、気温−1度以下(湿度は同じ)で地上に降り、少なくとも同じ氷点下の温度が存続しているとき、この雪質を俗に「新雪」と呼ぶ新雪は、個々の結晶が互いにしっかりと結合しておらず、密度は小さい。
粉雪
比較的気温が低く、ほとんど無風か風の弱い時、−1度以下で降り、温度が変化せず−1度以下で積もっている新雪のうち、乾いた雪をまとめて粉雪と称する。
綿状の雪
0度以上で降り、軽い雪片を作り、雪玉(つまり立方的な形)を作りやすく、湿度の低い新雪を、綿状の雪と言う。乾いた新雪が、気温が上がったため、水分の多い雪にすぐ変わり、その後、凍った場合は、その粒による分類から、古い雪(ザラメ雪)に入れるべきである。
あられ雪
1〜3ミリの大きく薄い白い色の乾いた雪の粒を、あられ雪と言う。実際は、雪の結晶から霜ができたもので、非常に空気を多く含み、軽い。
しまり雪
温度が低いとき、積もった雪片や雪の結晶が風の影響を受けた場合、風上側の斜面ではプレスされた状態、風下側では雪の自重でパックされた状態になる。このような雪をしまり雪という。
また、積もった雪が揺り動かされたり、詰めこまれたり、押し付けられたりして圧縮された状態から昇華した水蒸気が凝結した状態、などもしまり雪と呼ぶ。
古い雪
粒の細かい、あるいは粒の粗い雪。雪の結晶が何度も凍ったり融けたりして、元の形がなくなってしまい、雪粒に変化したもの。これを古い雪、あるいは粒状の雪という。粒の大きさにより、細かい粒の古い雪と、粗い粒の古い雪(粒の大きさは1〜3ミリ)にわけられる。
粗い粒の雪で良く知られているのは、ザラメ雪である。
くされ雪
陽射しと暖かい空気により、雪の表面に水を含んだ融解層ができる。特に春には、雪の層に水分がたっぷり浸み込み、びしょぬれになったり、汚れたりする。このような雪は結晶を失ってしまっているため、ワクシングの時、大きな問題となる。
雪の分類 | 見分け方 | ワックス |
乾いた雪 | 手に握っても形ができない | 乾雪用 |
湿った雪 | 手に握ると形ができるが、水はたれない | 湿雪用 |
水分の多い雪 | 手に握ると形ができ、水がにじみ出る | 水分の多い雪用 |
《滑走面》
雪とワックスについて熟知し、雪に適したワックスを選定しても、そのワックスを滑走面に充分に浸みこませることができなければ、ワックス本来の効果は得られない。したがって、ワックスをいかに滑走面に浸み込ませるか、という観点から、滑走面について考えてみましょう。
《滑走面に要求されること》
優れた滑走性----可能な限り雪質に関係なく、優れた滑走性を発揮すること。
耐磨耗性--------磨耗が少ないこと
耐寒性----------寒冷地でもエラスチックが変わらないこと
耐老化性--------時間が経過しても、質的変化をしないこと
ワックス吸収性----ワックスの吸収が良いこと
リペア-----------傷がついても、容易にリペアができること
《滑走面の材質》
現在、スキーの滑走面に使用されているのはポリエチレンである。ポリエチレンと一言に言っても、その製法、分子量などにより、多くの種類がある。その中でスキー滑走面に使われるポリエチレンを、製造方法から分類すると「押出し成形」と「燒結」に大別することができる。「押出し成形---射出成形」とは、ポリエチレン原料を高温、高圧で溶かし、射出機によって板状に成形する製法である。「燒結」とは、ポリエチレン原料を鋳型に入れて高温、高圧で溶かし円柱型ブロックを作る。そして、そのブロックを薄く削ってロールに巻き取っていく製法で、「シンタードベース」と呼ばれている。また、「エレクトラベース---グラファイトベース」と呼ばれる滑走面は、ポリエチレンに10〜20%の添加物(グラファイト)を混ぜたもので、静電気伝導効果が良く、汚れが付きにくい。また、気温が高い時ほど、その効果が発揮される。
ポリエチレン滑走面の滑走性は、密度と分子量に関係する。
分子量が大きい程、ワックス吸収性が良く、さらに、耐磨耗性が良いほうが滑走性が良い。分子量と密度のバランスによって、ワックス吸収性、耐磨耗性が決まってくるが、現在では、分子量が大きく、密度0.94までのポリエチレン(エレクトラを除く)が、スキーの滑走面に最も適しているとされている。例えば、P−TEXで言えば4000と6000がこれに当たる。
分子量 | 耐磨耗性 mm3 |
ワックス吸収 mg/cm2 |
密度 g/cm2 |
製造方法 | |
P-TEX N−100 | 20万 | 130 | 1 | 0.955 | 押出し成形 |
P-TEX Dura | 30万 | 80 | 1 | 0.960 | 押出し成形 |
P-TEX 1000 | 50万 | 70 | 2 | 0.952 | 押出し成形 |
P-TEX 2000 | 350万 | 20 | 6 | 0.937 | シンタード |
P-TEX 2000エレクトラ | 350万 | 30 | 5 | 0.990 | シンタード |
P-TEX 4000 | 800万 | 15 | 20 | 0.928 | シンタード |
P-TEX 6000 | 600万 | 17 | 12 | 0.932 | シンタード |
《ワックスを浸み込ませるために》
ワックスを滑走面に塗る際、ワックスを充分に浸込ませるために、注意しなければならないポイントがある。
チューンナップ
チューンナップの際、最も重要なことは、絶えず新しい滑走面を出したほうが、ワックスの吸収性が、(そして滑走性も)良い、という点である。新しい滑走面を出す方法には、次のようなものがある。
*手作業によるもの
サンドペーパー、メタルスクレイパー、ファイルなどを使用
*ベルトサンディングマシーンによるもの
*ストーングラインディングマシーンによるもの
この中では、ストーングラインディングが最も効果が高いのだが、さらに、サンドペーパー、ストラクチャーブラシなどを使用して仕上げると、ワックス吸収性がますます良くなる。(ストラクチャー仕上げ)
滑走面にストーングラインディングを施すと、研削の際の摩擦熱によって、表面約100ミクロンの層が融解し、表面密度が変わる。そこを水で急冷すると、密度が下がり、ワックス吸収性が良くなる。したがって、ストーングラインディングを施した後、ホットワクシングを行えば、効果がより高まる。
ただし、ストーングラインディングを施した後は、滑走面が酸化しやすくなるので、あまり長時間放置せずに、ホットワクシングしなければならない。
新しい滑走面を出すことと同様に重要なのが、古いワックスや汚れを完全に除去することがあげられる。クリーニングワックスを使用すれば、リムーバーで取れない頑固な汚れや古いワックスも取り除くことができる。
ワックスの吸収性とは直接関係ないが、チューンナップの行程で、フラット仕上げと、雪の粒や、濡れ具合にあわせたストラクチャー仕上げなどは、より良い滑走性のための重要なポイントである。
ワックシング
ホットワクシングは、アイロン温度が高いほど吸収が良い。90度以上で効果が向上し、120度以上では変わらない。また、ホットワクシングは、時間も長いほど吸収が良い。例えば融けたワックスが滑走面上にある時間を2倍にすると、吸収性は1.4倍になる。しかし、ある一定時間(約2分)以上は、効果は変わらない。
また、シンタード製法による滑走面は熱に弱く、ワクシングの際にベース面が変質してしまうこともあるので注意。
融けたワックスが80度前後になるようにアイロンの温度を設定し、滑走面の上に融けたワックスが充分に乗るようにすると良い。ワックスが少ないと、アイロンの熱で滑走面をいためてしまうこともある。また、温度が高過ぎると、ワックスが横に散ってしまう。特にグラファイトワックスは注意が必要。
ホットワクシングされたワックスは、通常約0.2ミリの深さまで浸透するが、滑走面に近い部分ほど吸収率は高い。
ワクシング終了後のスクレイピイングの際は、強い力でスクレイパーをかけてはいけない。せっかく付けたストラクチャーが変化してしまうからである。中程度の均一な力で、ワックスが薄いフィルム状に削れるようにすることが大切である。滑走面の表面に残っている余分なワックスは、スクレイパーですべて取り除く。
また、ストラクチャーの中にもワックスが残っているので、ブラッシングによってこれを取り除く。その際、摩擦熱が発生するが、特にエレクトラベースは熱に弱いので注意が必要。